2021年9月、経済産業省は2022年度予算の概算要求で、ドローン(無人航空機)など「次世代空モビリティ」の社会実装に向けた実現プロジェクトに38億円を新たに要求しました。いま、国内だけでなく世界規模で次世代空モビリティの技術開発が進んでおり、鉄道や自動車の歴史を変える“空の移動革命”が起ころうとしています。
今回はそんな次世代モビリティのひとつであり、防災の強化や社会課題の解決に期待が高まっている「空飛ぶクルマ」を紹介します。
テクノロジーで加速する「空の移動革命」
「空飛ぶクルマ」とは?
「空飛ぶクルマ」は、eVTOL(電動垂直離着陸機:イーブイトール、Electric Vertical Take-Off and Landing aircraft)やUAM(都市型航空交通:ユーエーエム、Urban Air Mobility)と呼ばれる新しい技術の乗り物です。
自動車のように陸上を走れなくてもよく、“クルマ=個人が日常の移動のために利用するもの”という意味で、「空飛ぶクルマ」と呼ばれています。ほかにも「エアモビリティ」、「次世代空モビリティ」など、国内での俗称はさまざまです。
機能について明確な定義はありませんが、国土交通省は
- 電動
- 自動(操縦)
- 垂直離着陸
を一つのイメージとしています。(参考:「空飛ぶクルマについて」国土交通省 航空局 令和3年3月)
動力は充電式のバッテリー。現時点で、一度に飛行できるのは30分程度(飛行距離にして100km〜150kmほど)。
長距離・長時間・大人数を乗せての運用はできないものの、短距離・短時間・少人数を乗せた用途では、今の技術でも十分な活躍が見込まれているようです。
人類の発展を支えてきた移動手段である「鉄道」や「自動車」に次ぐ新たな交通インフラとして、実用化すれば“空の移動革命”が起きると世界中で評されています。
既存の「空飛ぶ乗り物」との違いは?
“空を飛ぶ乗り物”といえば、すでに飛行機やヘリコプター等が存在しています。それとは別に、「空飛ぶクルマ」の開発が進められているのはなぜでしょうか。
この新しい乗り物には、これからの社会に役立つ特長が3つあります。
①電動で、運用コストや環境への負荷を低減!
1つ目は、電動化に伴いさまざな負担が削減できること。
例えば、機体に関わる費用。
飛行機は石油系の航空燃料をもとに稼働するジェットエンジンが動力で、ヘリコプターもプロペラを回転させるのにエンジンを必要としています。エンジン1基は数万個の部品で複雑に構成されているため、製作費だけでなく整備費も多くかかります。
それに対し、「空飛ぶクルマ」はバッテリーに蓄えた電力で小型のモーターを動かし、翼を回転させて機体を浮かせます。エンジンが要らないので機体全体の構造は単純化し、従来の航空機よりも部品や整備費用の削減ができます。後述しますが、一人で複数台の制御も可能なため、人件費も抑えられます。
さらに、ジェットエンジンの利用で生じざるを得なかった騒音や排気ガスが無くなり、石油系燃料も使わないので、環境への負荷も軽くできます。個人が自動車の代わりに利用するようになれば、これまで長く取り組みが続いている自動車の排気ガス問題にも、大きく貢献するはずです。
社会全体が“持続可能性”を価値としていくこれからの時代にぴったりな乗り物といえるでしょう。
②垂直離発着でコンパクト!
2つ目は、滑走路が必要ないこと。
「空飛ぶクルマ」の別称であるeVTOLは、日本語に訳すと「電動垂直離着陸機」。ドローンの離着陸や飛行を見たことがある方は想像しやすいと思いますが、空飛ぶクルマは電動のプロペラで地面から垂直に機体を浮かすことができます。
飛行機やヘリコプターに不可欠な長い滑走路や広い場所を必要としないうえ、機体の大きさは基本的に少人数設計でコンパクト。街なかや山間部、さらには海上など限られたスペースしかない場所でも自由自在に飛び立てます。
③自動運転も可能、操縦も簡単!
3つ目は、パイロットがいなくても機能し、簡単に操縦できること。
「空飛ぶクルマ」は航空法上、パイロット(操縦者)が乗らなくても飛行できる装置を持つ「無操縦者航空機」です。ドローンは構造的に人が乗れない「“無人”航空機」であり、両者は明確に異なります。
自動操縦には、昨今、飛躍的に技術力が高まっているAI(人工知能)やセンサーを使い、複数機を1人で管理できるようにするのだとか。
操縦もたくさん訓練をしなければならない難しいものではなく、誰もが飛行させられる簡単な方法が検討されています。
日本社会の課題に活躍を期待
世界中で進む開発競争
「空飛ぶクルマ」業界には、ベンチャーを中心に、Bell Helicopter社、Boeing社、Airbus社など海外の航空機大手も参入しているほか、EASA(欧州航空安全機関)やNASA(米連邦航空宇宙局)など政府機関や国際団体による支援も活発に行われており、2000年台後半から世界各国で本格的な開発競争が繰り広げられています。2040年には産業全体で約154兆円の市場規模に成長するという予測もあり、今後ますます目が離せなくなりそうな分野です。
国内では株式会社SkyDrive(本社:東京都新宿区)をはじめ、株式会社テトラ・アビエーション(本社:東京都文京区)、株式会社プロドローン(本社:名古屋天白区)、株式会社A.L.I.Techonologies(本社:東京都港区)といったベンチャー企業や、大手では自動車メーカーのホンダやSUBARU、デンソー、ANAホールディングスや日本航空(JAL)などが機体開発や事業サービスの展開に取り組んでいます。
国内での活用方針は、防災・物流・観光・個人利用
国も実用化に向け、インフラ整備や安全基準の議論を進めています。
2018年6月の「未来投資戦略2018」では、「空飛ぶクルマ」実現に向けた協議会が立ち上げられ、12月に“空の移動革命に向けたロードマップ”が初めて策定されました。翌年6月に行われた「未来投資戦略2019」ではロードマップに基づき、2023年からの事業開始を目標に設定。それまでに必要な技術開発や機体の安全基準をはじめとする制度の整備を進めている状況です。
2020年3月の第5回官民協議会では、開発に関わる事業者から「空飛ぶクルマ」を使ったビジネスモデルが提案されました。それによると、
- 災害時に被災地への物資や人員の輸送
- 海上や山間部、都市部での荷物配送
- 事故現場や病院等への医師の救急輸送
- 観光や遊覧などエンタメ利用
- 空港へのアクセス
- 地方都市/離島間/都市内/事業拠点間の移動手段
- 個人のスポーツやホビー
- 自家用/カーシェア
といった用途で国内での展開が検討されているようです。
特に、諸外国に比べて災害の多い日本では防災面での活躍に期待が高まっています。
「空飛ぶクルマ」は防災でどう活躍する?
災害の発生で最も起きやすいのが交通網へのダメージです。
例えば、平成28年に起きた熊本地震。建物と電柱の倒壊や傾斜、電線の垂れ下がりで道路が塞がれ、消防車や救急車が入れず、救助隊員は徒歩や迂回を余儀なくされました。県が指定していた約2千kmの緊急輸送道路も50ヶ所で通行止めが発生し、救援・物資の供給や応急復旧に必要な資機材の輸送がうまくいかず、復旧に時間がかかってしまいました。
平成30年に起きた大阪北部地震では、運行車の安全確保のために鉄道の運休や踏切道の遮断、高速道路の通行止め、交通規制が行われました。朝の通勤・通学ラッシュと重なったことで都心部への交通量が増え、広範囲にわたって長時間渋滞が発生、緊急自動車が大幅に迂回を迫られるなど、救急活動等へ支障が生じました。
こうした問題ですが、道路環境に依存する今の移動手段では回避が難しいのが現状です。
「空飛ぶクルマ」は道路状況に関係なく、その場で離着陸をし、“点と点の直線移動”ができます。必要な場所にすぐ人や物資を運べ、ヘリコプターの着陸がしづらい街中でも活動可能です。
迅速な救助活動やライフラインの早期確保は、災害現場の生存率をあげ、二次災害を防ぐだけでなく、避難所での生活支援や復興の後押しにもつながると考えられます。
「空飛ぶクルマ」は将来的に、比較的手が届く価格での提供も考えられています。全国の自治体等が持てるようになれば、防災力が大きく向上するでしょう。最終的に一般家庭での利用が進めば、個人の避難時にも役立ちそうです。
防災以外の社会課題にも役立つ、空の交通インフラ
今後、少子高齢化や過疎化が進むと予想される国内社会において、離島や中山間地域に急患が発生した際、医師をドクターヘリより安価なコストで送り込めたり、都市部も含め全国的に増加する物流サービスの利用と、それに反比例する労働力不足の問題にも、「空飛ぶクルマ」は対応できるポテンシャルを持っています。
空の新しい交通インフラが身近になれば、人が大都市を経由せずに直接街を往来するため、過疎地域の生活やまちづくりにも大きく変化が起きるのでは、という展望もあります。
「空飛ぶクルマ」は現代日本で多発する自然災害や、少子高齢化が引き起こす社会問題などに対応する画期的なテクノロジーと言えるでしょう。
まとめ
現在、国内で開発に取り組む各企業は、2025年の大阪万博で「空飛ぶクルマ」を用いた「エアタクシーサービス」の展開を目指しています。実証実験などにより社会受容性を高めつつ、安全性や機体の性能向上、法律面での整備も、国や自治体と共同で進めていくそうです。
SFを思わせる技術が、まもなく社会に実現しようとしています。近い将来、災害時には空を飛んで避難をしたり、空を飛ぶ救急車両が活躍しているかもしれませんね。