2022年9月、セコム株式会社が全国の20歳以上の男女500人を対象に「防災に関する意識調査」を行いました。調査の結果、「今後災害が増加すると思う人」は90.2%に上る一方、「防災対策をしている人」は47.0%にとどまるという結果が得られたそうです。人々の間で災害の増加は共通認識となっているものの、実際に対策するまで行動を起こしている人は思ったよりも少ない印象を受けました。

日本は災害大国とも呼べるほど、毎年たくさんの災害が発生します。「未曾有の〇〇」、「観測史上最大」という報道の言葉は年々更新されているような気すらします。しかし、いつ何が起きるかわからないからこそ何にどう備えたら良いのか検討がつかず、対策することが負担に感じて後回しにしがちという方が多いのかもしれません。

防災対策について建設的に考え、一歩を踏み出していくにはどうしたらいいのでしょうか?

結論から言うと、まずはお住まいの地域の災害リスクを理解することが大事です。

今回は、みなさんが防災対策を考えるうえで参考となるであろう災害リスクのデータをいくつか紹介していきます。本記事がお住まいの地域の災害リスクと防災対策について、改めて考えるきっかけになったら嬉しいです。

「災害リスク」、なにで判断していますか?

最も身近なものは「ハザードマップ」

お住まいの地域の災害リスクを、あなたはどのように調べますか?

そう聞かれたら、多くの方はハザードマップを見る」と答えるのではないでしょうか。

ハザードマップは、災害の場所と被害頻度を予測して地図上に色分けなどで表現したものです。

愛知県名古屋市中村区の洪水ハザードマップ(引用:名古屋市ホームページ)

ハザードマップは「洪水」「内水」「高潮」「津波」「土砂災害」「火山」など複数種類があります。地図の尺度は都道府県レベルから市町村レベルまで提供されており、お住まいの地域を細かく見れるのがメリットです。

みなさんの中にも引越しなどの際に、自分の住みたい場所が水害リスクのある地域かどうか、洪水や土砂災害ハザードマップを見て考えたことのある方はいるのではないでしょうか。

ハザードマップは災害リスクが視覚的に分かりやすいので、

  • 水害のハザードマップで危険エリアに住んでいたら、河川の氾濫も考え、危険な道を避けて避難所へ行くルートを検討できる
  • 災害別にマップを見て、備えるべき災害の種類が分かる

のように、防災対策を考えるうえでとても頼りになる資料です。

ハザードマップを見たい方にオススメなのは、国土交通省が運営するハザードマップポータルサイト。住所から災害リスク情報を取得できたり、お住まいの自治体で制作されているハザードマップを探せるため、非常に便利です。

「災害リスクエリアマップ」

もうひとつ、災害リスクを可視化したマップをご紹介しましょう。

国土交通省が2020年12月に発表した災害リスクエリアマップです。これは、

  • 洪水…「浸水想定区域」の範囲
  • 土砂災害…「土砂災害警戒区域」の範囲
  • 地震…「確率論的地震動予測地図」における30年間で震度6弱以上となる確率が26%以上となるエリア
  • 津波…「津波浸水想定」の範囲

の4つのデータと、2015年・2050年の人口データを重ね合わせ、いずれかの災害リスクが高い地域を「災害リスクエリア」として集計したものです。国土交通省により、インターネット上で47都道府県すべて公開されています。

このマップは「地方自治体や企業、地域住民など様々な主体が、居住する都道府県の災害リスクを総合的に知ることで、国土全体の構造・地域づくり、リスクを踏まえた生産・販売拠点の防災対策、土地利用などの検討を行う際などに参考として活用してほしい」という狙いがあるそうです。(参考:「都道府県別の災害リスクエリアに 居住する人口について」国土交通省)

このマップから、2050年までに災害リスクエリアに住む人口の割合が高くなる県を上位3位・下位3位までランキングすると、

【上位】
1位:静岡県 99.9%
2位:高知県 99.8%
3位:千葉県 98.9%

【下位】
1位:長崎19.0%
2位:岩手22.2%
3位:福岡24.1%

となります。
しかし、災害はその土地によって起こりやすいものと起こりにくいものがあるため、全体の数値だけでなく内訳を見ることが大切です。

例えば、上位1位の静岡県と下位1位の長崎県を例にあげてみましょう。

【静岡県の2050年におけるリスクエリア内人口予測】
洪水 33.3%
土砂災害 4.8%
地震 99.9%
津波 6.2%

【長崎県の2050年におけるリスクエリア内人口予測】
洪水 2.9%
土砂災害 14.8%
地震 0.0%
津波 1.7%

静岡県は地震発生の要因となる地球のプレートが4枚接する世界でもまれな場所のため、必然的に、他県に比べて多くの人が地震の被害に遭いやすいエリアに住んでいます。しかし土砂災害に注目してみると、長崎県より被害に遭う人の割合が少ないのです。全体の数値だけをみると静岡県は災害リスクの高い場所に思えますが、各種災害の起きやすさも考慮すると、「土砂災害に関しては長崎県よりも静岡県の方が安全」という解釈ができます。

災害リスクエリアマップは自分たちの都道府県がどの災害に弱いのか、そして今後災害が起きた際にどれだけ被害が発生するかを詳細に見ることができます。地域の防災を長期的に考える上で役立つ資料だといえるでしょう。

しかし立ち止まって考えてみたいのが、はたしてこのようなマップだけを頼りに今後の災害リスクを考えて良いのかということです。

ハザードマップに存在する “空白地帯”

災害リスクが記されていない場所で起きた被害

過去に「ハザードマップ上で危険性が想定されていない地域で大きな被害が発生した」という実例があります。

ハザードマップとは一般的に自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図(引用:国土地理院)であり、その地域の土地の成り立ちや地形・地盤の特徴、過去の災害履歴、避難場所・避難経路などの情報を元にして作られています。つまり、地理的及び自然的特性の視点から災害リスクを判断できるものです。

しかし、2019年の東日本台風では67もの河川が決壊し、統計開始以来最大となる約1兆8800億円もの水害被害額をもたらしました。決壊した67河川のうち、なんと43河川がハザードマップに記載されていない河川でした。

なぜこのようなことが起きてしまったのでしょうか。

令和元年台風第19号の浸水被害(埼玉県、引用:災害写真データベース)

未調査で生じる「空白地帯」

ハザードマップにおける水害リスクは、国または都道府県知事が指定・公表した「洪水浸水想定区域」を元に作られます。

この洪水浸水想定区域の調査には時間と費用がかかるため、大きな河川については優先的に調査が進んでいるものの、日本全域の河川をカバーしきれていないのが現状です。2019年当時は、洪水浸水想定区域の指定が求められてない中小河川が全国に約1万9000もあったといいます。

そうした中小河川は、水害リスクがあっても洪水浸水想定区域ではないため、ハザードマップに記載されず、真っ白な「空白地帯」と呼べるエリアになります。台風19号で決壊したのは、その空白地帯にあたる河川でした。

先ほど紹介した災害リスクエリアマップの洪水データも、ハザードマップ同様に「浸水想定区域」を元に作成されています。

マップを見る際には「マップ上に何も記されていない=リスクがなく安全な地域」を意味するわけではないと理解しておきましょう。(参考:「ハザードマップ『空白地帯』に要注意」、NHK解説委員室)

ちなみに2019年時の水害を受けて水防法が改正され(2021年5月)、国土交通省は空白地帯の解消に乗り出しています。法改正により、「洪水浸水想定区域」の指定対象ではなかった中小河川の同区域への追加が、河川の管理主体である市町村に義務づけられました。これにより、今後は付近に住宅のあるすべての河川流域が水害ハザードマップに記載されるということです。しかしながら、その調査には膨大な時間と費用が必要なことは変わりがありません。空白地帯は徐々に減ってはいくものの、完全にゼロとなるのはまだまだ先の話だと考えられます。

その街は “災害に強い街” なのか?

地形的・自然的な視点だけでは測れない災害リスク

実際に災害が起きたあとのことも考えてみましょう。

例えば、地形的・自然的に被災リスクが少ない地域は、これまで災害歴がないために行政が防災減災に力をいれてきていない、ということがあり得るかもしれません。

予想のつかない場所で災害の要因が発生したり、今までにない被害をもたらす災害が多発している現状を考えれば、「過去に災害歴のない地域は今後も安全である」という保証は全くありません。

これまで防災減災に力を注がずともやってこれた地域がもし被災した場合、行政は未経験の災害対応に追われて混乱する可能性が高いのではないでしょうか。急遽開設された避難所は運営が未熟で、住民は不便を抱えたまま、避難所生活を送ることになるのは容易に想像がつきます。

防災対策の3要素とされる

  • 自助
  • 共助
  • 公助

のうち、被害を最小限に抑えるには「自助・共助」がポイントだとはいえ、「公助」が脆弱だと住民の負担が増える一方です。

災害時の対応が弱い自治体より、ハザードマップ上では災害リスクが高くても「災害に強いまちづくり」を積極的に進めている自治体であれば、いざ災害が起きたときでも安心できますよね。

このような視点から「災害リスク」を捉えてみると、ハザードマップを見るだけでは災害リスクを把握しきれていないことに気づかされます。

とはいえ、災害に強いまちづくりが行われているかは、各行政の施策等を調べていかなくてはなりません。一つひとつ細かく見ていくのは大変です。ハザードマップのようにまとまって見れるデータがあったらすごく便利ですよね。

実は、そのようなデータが存在します。

地理的・自然的特性だけでなく、地域の「社会・経済の災害に対する脆弱性」も考慮して国内で開発された「GNS(Gross National Safety for natural disasters、自然災害安全性指標)」です。

「自然災害安全性指標:GNS」

GNSとは?

国内の防災・減災には、インフラ整備や構造物の補強といったハード対策とハザードマップの整備・公開や防災教育といったソフト対策を効果的に組み合わせて包括的な対策をすることが重要です。予算と人員が限られている中でこれを実現するには、どのように自然災害に対して安全な国土を形成するか(防災計画)、そのための費用をどう配分するか(防災予算)などを、立法・行政あるいは防災関係の学術分野の専門家だけではなく、国民を交えて議論する必要があります。

しかしながら、これまで防災・減災の議論というのはさまざまなデータを取り扱う以上、専門的で難解になりがちでした。ゆえに、一般的な国民にとって防災計画とは、膨大な予算を使うというのは理解できてもその効果を実感できないものでした。国民の理解や協力が得られないと、国や街の防災計画等は進展していきません。

そのため、経済分野で用いられる国内総生産GDPや国民総生産GNP、ブータンが提唱した国民の幸福量指標であるGNH(Gross National Happiness)のように分かりやすい統一指標があれば、国民は議論に参加しやすくなり、防災・減災計画がスムーズに進められるのではないか、と専門家が発案し開発されたのがGNSという指標です。

GNSの算出方法は?

GNSでは、複数の自然災害への遭遇度合(災害曝露量)社会が持つハードやソフト対策の進捗状況(社会の脆弱性)を掛け合わせて自然災害リスクを表現しています。

引用:「自然災害に対する安全性指標 GNS 2017年版」地盤工学会関東支部研究委員会グループ

ハード対策とは建造物の耐震化や老朽化した社会基盤の更新により物理的な要因をもって自然災害対策を行う方法で、ソフト対策とは災害に迅速に対応するマニュアルや、日頃から災害に備えての教育や備蓄をしておく仕組みを持って自然災害に抵抗する対策を指します。

引用:「自然災害に対する安全性指標 GNS 2017年版」地盤工学会関東支部研究委員会グループ

メリットは?

計算結果の数値が高ければ高いほど、災害対策に取り組んでいくことが重要なエリアだということが分かります。ただし、GNSはそのエリアにおける災害の遭遇数に影響を受ける傾向が見られるため、計算で用いた「災害曝露量」と「社会の脆弱性」にも注目することが必要です。

(引用:「自然災害に対する安全性指標 GNS 2017年版 」地盤工学会関東支部研究委員会グループ)

「災害曝露量」と「社会の脆弱性」のバランスを見ることで対策不足の項目が視覚化でき、行政は防災計画を立てる上で効果的に対策を立てられるようになります。また、住民は「社会の脆弱性」の指標から、その街が災害に対して適切な対策が取れているかを判断していけます。

GNSのデータは、公益社団法人 地盤工学会関東支部の研究委員会グループ(委員長:伊藤和也)によって2015年度版と2017年度版がインターネット上に公開されています。

最新のGNS都道府県別相対順位(引用:「自然災害に対する安全性指標 GNS 2017年版 」地盤工学会関東支部研究委員会グループ)

上の画像のランキングを見ると、先ほど紹介した「災害リスクエリアマップ」とは都道府県の並びが異なっていることが分かりますね。

2015年度版と2019年度版は都道府県レベルのデータに留まっていますが、2019年には関東地方における市町村レベルのGNSが取りまとめられ、株式会社リクルートの不動産・住宅サイト「SUUMO」の発刊する雑誌で採用されました(参考:SUUMO新築マンション首都圏版2020年10月27日号「首都圏184市区防災力」)。住宅不動産業界の一部では、顧客へ「災害の強い街」を分かりやすく案内する際に便利な指標として、既に活用され始めているようです。

とはいえ、研究委員会によるとGNSは「経年的な脆弱性の改善状況の見える化」や「各地域の強み・弱みを把握」し、その指標の改善に資することが目的であるため、住まいの地域の安全度ランキングとは視点が異なることに留意は必要だということです。

まとめ

地域の防災を考えるときに「ハザードマップ」や「災害リスクエリアマップ」は、地理的・自然的な特性から災害リスクをとらえるには有用なデータです。しかし、実際に災害が起きた後のことも考えると、社会的な仕組みが整っているかどうか–– 災害に強いまちづくりが進んでいるかどうかも、かなり大きなポイントとなってきます。そのため、社会・経済の災害に対する脆弱性を考慮した「GNS」という指標も参考にしてみると、防災対策について包括的に考えることができるかもしれません。

昨年に2021年度「自然災害に関心の高い」都道府県ランキングという記事が公開されました。都道府県の自然災害対策に不満を感じる人の割合=自然災害への関心の高さと位置づけており、GNS(特に脆弱性)の値と見比べてみると納得できると思うので、ぜひ見てみてください。

この機会にお住まいの都道府県をハザードマップ・災害リスクマップ、そしてGNSのデータで確認し、改めて防災対策について考えてみてくださると嬉しいです。

 

 


参考:https://jibankantou.jp/group/gns.html、https://disaportal.gsi.go.jp、